勝間・西村対談から考えたこと〜家族・地域について

GW中おおいに話題となったネタと言えば、みだしの対談。
数あるまとめのなかで、僕が気になったのは↓

(´A`)<咳をしてもゆとり - FC2 BLOG パスワード認証
501 : エレファントノーズフィッシュ(愛媛県):2010/05 /03(月) 00:44:55.96 id:B2y73NFC
>>392
最後に女子アナ(?)とまたこんがらがっててワロタ

勝間「女性が子育て後に復職できない日本は不幸せ」
ひろゆき「でも旦那が稼いで家でダラダラしてるほうが幸せじゃない?」※1
アナ「でも社会と関わるたい、家でいるだけじゃ寂しいと私は思う」
ひろゆき「へぇ〜僕はできれば働きたくない、友達と遊んでたら楽しい」
アナ「でも収入はどうするんですか?」 ←※1の前提を忘れてる


506 : コマイ(神奈川県):2010/05/03(月) 00:47:35.12 id:FWyBvY78
>>501
このように、男は稼ぐことを強要されるんだなあw
女が働くのは自分探しか趣味か?
そうではない女性の人も多いのだから、
勝間と女子アナは余り馬鹿なことを言わないで欲しいw

これみて思い出したのは、これ。

ƒtƒFƒ~11
 「一世紀を生きてきた老人 (ちなみにスウェーデンの100歳以上の老人は約700人。もちろんほとんど女性である。1998年) に大学生が尋ねた。「お爺さんの一生で何がもっとも重要な変化でした?」と。彼は二度の世界大戦か原子力発電か、あるいはテレビ、携帯電話、パソコンなどの情報革命か、それとも宇宙衛星かなどの回答を予測した。」

 しかし老人の回答は彼の予想もしないものだった。

 「それはね──家族の崩壊だよ」。(同書、27頁)

勝間・西村対談の幸福をテーマにした部分のうち、最後の締めとなってしまったところである。
フェミよりの人には、西村はとんでもない奴と写った部分であろう。
僕は、西村と同じく、復職できない・働けないということを不幸せと言いきってしまうことに、違和感を覚える。


というのは、二つめの引用の文章から、常々次のように考えていたからである。


福祉に果たす家庭の役割をもっと見直した方が僕は良いと思う。
保育や介護を行政に求める機運が高まったのは、女性の社会進出より、家族や地域コミュニティとの紐帯の弛緩によるところが大きいのでは?


専業主婦の割合は、戦後高度成長期に増加したものであるというのは、知られていることである。
専業主婦が必要とされたのは、核家族化が進んだにもかかわらず、保育や介護を、縮小された家族のなかで負っていかねばならなくなったからという社会的要請の側面もあるのではないか。


専業主婦がフェミニストに目の敵にされてからというもの、保育や介護分野の外注化→大きな政府化は、決定づけられてしまった。
家計のなかでコストをかけずにやっていたものを1つの産業とするわけだから、当然採算をとるのが大変だし、外貨が稼げるわけでもないから、経済は不幸にも停滞する。
というわけで、本当は、男性の育児や介護への参画による家事の分業化や、拡大家族の再興といった方向が促進されればよかったのだろうけど。


だから、現状、行政によるサービスが行き届きづらい農村地域でこうした機能を補完するのに、無償ボランティアによる育児支援や高齢者福祉の助け合い活動というのが大きな役割を果たしているように思う。
だが、こうしたボランティアに参画できるのは、その家庭が安定している人のみである。
子をいい企業に!と都会へ出した結果、帰ってくる者がいなくなった家が多い地域は、どうすることもできなくなり、限界集落と呼ばれる状態になってしまうのは自明であり、皮肉である。