ボンヤリと空を眺めることが好きな「僕」がいる音楽〜フィッシュマンズ

日本のレゲエと聞くと、ちょいと身構える僕がいる。
今聞こえてくるレゲエは、軽薄すぎて聞くに堪えない代物ばかりだからだ。
まともなレゲエを聞かせてくれたFishmansのフロントマン、佐藤伸治がこの世を去って久しい。


不在を嘆いても仕方ない。
僕は、彼が遺したものを今さらながらフィードバックできるのだから。


Fishmansを語るうえで、佐藤伸治の歌詞のなかに出てくるのは、言うまでもなく「僕」だ。
レゲエの軽快なリズムに、どこか陰のあるメロディ、そして不安定で寂しい気持ちを綴りながらもユーモアあふれる歌詞。
つかみどころのない「僕」がたくみに炙りだされる。


僕の琴線に触れたものだけを発表年代順に並べてみる。

100ミリちょっとの(1992年)


待ちぼうけのあの人の 手紙が来るころは
僕らもう霧の中、きれいだね ほら
100ミリだけのカラッポを 離さないでおくれ
ただボンヤリある空を めちゃくちゃにぬりかえて
(中略)
今よりもずっとキレイな 七色の光で

つかみづらい歌詞であるが、霧の中に「僕」は君といて、霧ごしに10センチ先にいる涼しい顔した君を見つめているのではないか。
霧がかかっているからこそ、10センチ先の対象である君を自然に見つめていられるし、それ以上離れてほしくない。
「僕」も最初は涼しい顔していたが、君への愛おしさが余って、10センチの空間さえも、七色に光り輝いているかのように感じる。
そんな歌だと思う。


頼りない天使(1992年)


さよなら覚めた時よ あの娘が僕を呼んでいたから
終わりさ もう終わりだよ 今日からは二人ぼっち
(中略)
なんて不思議な話だろう こんな世界の真ん中で
僕が頼りだなんてね
あの娘は 僕に言うさ 天使は今来ますって
本当さ 嘘じゃないんだよ 未来はねえ 明るいって
あの娘の信じた確かな気持ちは きっと僕を変えるだろう

君は天使と未来を信じていて、でも、なぜか「僕」を頼りにしている。
そんな君に戸惑いつつも、君の気持ちに応えたいと思い始めている。
頼りなくて、自信がそれほどない「僕」から、心を開いて、二人の世界を足がかりにする覚悟を感じる歌である。


いかれたBaby(1993年)


悲しい時に 浮かぶのはいつでも君の顔だったよ
悲しい時に 笑うのはいつでも君のことだったよ
人はいつでも 見えない力が 必要だったりしてるから
悲しい夜も見かけたら 君のことを思い出すのさ
(中略)
素敵な君はbaby いかれた僕のbaby 夜の隙間にkiss投げてよ

Pokka Pokka(1997年)


心の揺れを静めるために 静かな顔をするんだ
真赤な眼で空を見上げて 静かな顔をするんだ
(中略)
眠ってる君を思い出すんだ 眠ってる顔が一番好きだから
ぽっかりあいた心の穴を 少しずつ埋めてゆくんだ
ぼんやりきまった空に 君を大きく思い描いて

悲しいことがあると、頼りは君となっている「僕」が垣間見える。
ぼんやりと空を眺めていても、君を思い出し、そのことで心を静めている。



以上から見える「僕」像をまとめると以下のようになる。

  1. 君への依存度が高く、悲しい時に真っ先に君を思い出す
  2. かといって、君とべったりなわけでなく、一定の距離を保っており、一人の時間があるからこそ君を思い浮かべたりしている
  3. 君への依存は、「僕」からの一方的なものではなく、君の「僕」への依存もあり、「僕」の拠り所の一つとなっている
  4. 空を見上げて、君を思い浮かべたり、空をキャンバスに色を塗りこめてみたり、空が「僕」の心象風景となっている。


4作品、一緒くたにまとめてみたが、年代順に並べると、1992〜1993の3作品に対し、1997年の「Pokka Pokka」は4・5年の隔たりがある。
さきほど引用した「Pokka Pokka」の歌詞は次のように続く。

(中略)
さみしい時に泣けばいい だれかにだけやさしけりゃいい
明日に頼らず暮らせればいい
だれかにだけしか見せない そんな笑顔があればいいのさ

君を思い浮かべては、心にあいた穴を埋める「僕」が、出した答えがある。
「だれかにだけ」やさしかったり、笑顔を見せたりしながら、今を見据えて生きればいいと言っている。
自分が影響を及ぼせる人って、確かに限られている。
そういう人を大事にできない人が、影響できる人の範囲を広げることができようか。
「だれかにだけ」とするとひっかかるが、ひっかかるからこそ、そこには誠意ある人間であろうと悩み抜いた「僕」がかえって浮き彫りとなる。


このように、佐藤伸治の書く詩には、ゆかしさがある。
悲しいときや苦悩するときに、悲しいとか、そういう感情表現で片づけていない。
君を思い浮かべたり、空を見上げたり、そんな説明がつかないようなことをするのは、誰しも経験することで、それを偽らず、そのままの形で描いている。
だからこそ、かえってその気持ちが伝わってくるし、佐藤伸治の死後12年経った今でも、僕の心を打つ。

空中 ベスト・オブ・フィッシュマンズ

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宇宙 ベスト・オブ・フィッシュマンズ

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